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プロローグ


 初めに言葉があった。言葉は神とともにあり、言葉は神であった。しかし私は敬虔な修道士の務めから遠く離れ、ここ、すなわち主なる神を知らぬ地において、神への尊崇をこそ捨ててはおらぬながら、道をはなはだしくはずれた生をおくっている。〈私タチハイマハ鏡ニオボロニ映ッタモノヲ見テイル〉、つまり、真理はこの世の過誤のうちにきれぎれに現れていることを、永い旅の果てにようやく私は知った。それゆえに、私がミストラのアレクセイなる人物に随伴した旅に関するくさぐさのことを、主旨に反する内容さえ含めてその一切をここに記す。
 まずわれわれの旅について語る前に、一三二七年以前の事柄について記しておく。私は神聖ローマ皇帝ルードヴィヒ4世の家臣である父にオッタースベルクの南西の、さる由緒ある古い僧院に修練士として預け置かれていた。アレクセイは当時東ローマ皇帝アンドロニコス2世の使者として機密の任務を帯びていたが、それを隠してただの博識な学者として僧院に迎え入れられた。事実彼は博識な男であったが、残念ながら彼のそれ以前の経歴については、私はいまだによく知らない。アレクセイという奇妙な名前は、彼に言わせると北方のノヴゴロッドふうの名前であるという。だがミストラ出身ならばギリシャ名前であるべきはずであり、おそらくは偽名であろう。
 一三二七年の十一月の末にはじまるこの旅の発端となった事件に関しては、ここで語るにはあまりにも煩雑すぎるので割愛しておく。わが僧院のこの不名誉な、謎めいた事件に巻き込まれた私は偶然アレクセイに救われるかたちとなり、しかしついには敵意あるものに追い詰められて二人ともども城壁の上から、奇怪な深淵めがけて飛び込む破目となった。常ならば即死してしまう高さであったが、不思議なことに降りたった先は見知らぬ土地であり、怪我一つせずに我々は脱出した。しかし、そこが今まで私が生きていた世界とまったく違う、ローマも知らなければキリストも知らない奇妙な土地であることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
 われわれは文字通りの異世界に放り込まれてしまったのだ。


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